EBA2 ブログとは


EBAII (エバツー)と読みます。
【EBA II】とは こうなればいいな~ ローマ字で NAR EBAII と言うコンセプトを持っています。社会的地位 年齢 性別を一切問わず 皆様に投稿して頂き繋がって行ければ「いいな」と考えております。投稿の中には 今まで気がつかなかった新たな生き方のヒントが隠されているかもしれません。小さなスタートですが継続する事によって このブログから色々な情報やアイデア等を発信したりする事が出来たら楽しさがより広がると考えております。【世界を今まで以上により良い所に変えたい】 そんな思いから始めています。

2015年12月28日月曜日

いつも夢の中

初めまして!Natto boyです。
Natto boyという名前は、今から約9年前から3年半カリフォルニアで日本の納豆を
広めてやると言う想いで、渡米して0からの工場立ち上げ、市場開拓した時に
現地のシェフから命名されたニックネームです。
初めて降り立ったサンフランシスコ空港から、北に約100kmのソノマへ
右どころか前も後ろも解らないし、全て英語ですよね!当たり前でしたけど。
当時の会社役員ポスト捨てて、望んだおバカな小生。それは純粋に日本の伝統食品を
普及させてやると、家族の反対も有りましたが、実行してしまった。
日本での納豆や豆腐の位置づけは、特売品、¥100前後という価格に疑問を感じていた時期でもあり、我が社は、特殊な販売方法を行って価格競争には関係しない位置づけはではあったけど、何だか閉塞感は感じていたときだったから、思い切って渡米しました。
夢、いやいや現実だったね。
それからは、毎日毎日、工場立上げの為、水質検査や工場設計、見積依頼、納豆の試作を
やりながら、俺、何やってるんだろう?って想いもいつの日かなくなり
色々な方と出会うために料理学校に顔出したり、大学に行ったり、ファーマーズマーケットに出店したり、兎に角、毎日がエキサイティングだった日々、
想い描けば、必ず夢に近づくんだよね、工場が出来上がり、カリフォルニアの日系スーパー全てに納豆が採用され、周りから見てる人からすると、凄いね!アメリカ人は
納豆たべるの?!、、食べるの?、、食べないから食べさせに行ったっんですけどと
答えるしかなかったんだ。 意味わからないって言われ続けましたね。
そんな時に、料理学校で知り合った講師が、くれたニックネームがNATTO BOY長くなるので、続きはまたにします。いつも夢の中、今も夢を見ているよ!

2015年12月25日金曜日

夢目前。

はじめまして。

「夢」について・・・このコミュニティーに誘っていただき、考えてみました。
大きな夢ではないのですが、小さな小さな夢。
それも実現に近づいている、夢というより目標でしょうか。
それは今自分が乗っている車を娘に譲り、娘の運転でドライブにいけたらいいな〜という夢。

さかのぼること、19年前。
当時は静かで乗りやすい車を所有していました。娘が生まれチャイルドシートを装備し、快適で静かで運転が楽で・・・なんの不便もない車でした。
しかし娘が生まれてちょうど半年、突然決めてしまいました。長年密かに想いを寄せていた車がいい条件で手に入れられるチャンスが来たのです。うるさくて、乗りにくくて、不便な車。良いところはちょっと背が高くて見通しがよいこと、荷物がいっぱい積めること。
でもやっぱり普通の生活には不便です。こんな車との生活が始まりました。

買い物に行くにも、遊びに行くにも、病院に走ったり、遠出の旅行も、どこへ行くにも一緒。子供が夜なかなか寝ない時は夜のドライブ。5分も走ればすぐに寝てくれました。
たまに壊れてもすぐ修理。おおきなトラブルもなく子供の成長とともに乗り続けてきました。そんな娘も高校3年生。車も19年目に突入し今では塾の送り迎えに活躍中です。

その塾の送り迎えは娘との大切な時間です。学校のこと、塾のこと、音楽のこと、さくら(飼ってる犬)のこと、些細な会話もあれば全く会話のない時もあります。
でも車の話をしてくれる娘はなかなかいないと思います。このうるさくて、乗りにくくて、不便なこの車が一番好きと言ってくれます。早く免許をとってこの車に乗りたいと。

ただただ今日まで乗り続けてこられたこの車を、もうすぐ高校卒業の娘が免許をとって乗ってくれるなんて乗り始めたころは全く想像していませんでした。車好きの娘なら免許をすぐとるでしょう。ドライブといっても最初は心配で、私が助手席に座るつもりですが・・・なので夢目前。

さて次は、娘の夢にこの車は登場するのでしょうか。
それも楽しみです。


2015年12月19日土曜日

奄美大島で降りてきた夢。

皆さんはじめまして。
22~23年まえ当時高校生の時に、私のその後の人生を左右したといっても良いほど影響を受けた若泉さんに、チョット前FBで発見してもらったご縁で書き込むことになりましたmotoと言います。

夢、ですね…

私は今、夢の真っただ中にいるのかもしれません。
これまで埼玉→沖縄→長野→沖縄、そして今年の春から奄美大島と、あちこち転々として楽しんできた私も、来年度は福祉事業で起業するという新たな夢ができました。

ちょっと島や私の状況を説明しますと、鹿児島の南に浮かぶ南西諸島のなかで一番大きな島が奄美大島です(とはいえ人口7万未満)。海山ともに豊かですが、沖縄と違いお金がない高齢化&過疎の島です。
現在私は作業療法士の資格を使って精神科の訪問看護という仕事をしています。訪問先の若い方々が『島では仕事がない。かといって内地に行くと調子を崩すのが怖い。だから先が無くても作業所に行くしかないんです』と諦め顔で話すのを何人もから聞くうちに、“皆がもっとやりがいをもって成長できる場があればなあぁ…というか、それ楽しそうだし人生一度きりだし俺がやれば良いのか!”と、障害者就労支援施設を自分で作りたい気持ちに火がつきました。
まだこの島に来て一年もたたないのに、大丈夫なのか非常に心配ですが 笑

そしてここから、夢の部分のお話です。
“…まず、オシャレな居心地のよい場所にしたいな。誰もが羨むような海の見えるカフェで、のびのび飲食業を学んでほしい。頑張ってる姿を見てほしいしね。とはいえ隠れ家も必要だから山側も良いな。島は物販のキャパが限られているから内地向けに出せる農業加工品頑張ろう。なら農業もやるか。
地域の人達から頼りにされる存在にもなってほしいし若いやつらには体力つけて欲しいから、海浜清掃や除草作業をしたい。これは観光業の人たち喜ぶぞ。行政も重い腰をあげるかもね。
そうそう、カフェの暇な時間帯には独居高齢者のための弁当を作ろう。介護サービスとの連携は今後絶対に大切なことだ…”

…すべてまだ妄想です 笑
でも優先順位をつけて、仲間を見つけて、真面目に取り組めば実現する夢なんじゃないかなーとも期待してます。

さて、このblogの趣旨に添っているのか心配になってきました。
こんなで良かったのかなぁ。

まずかったら皆さん、コメントくださいね( ・∇・)


2015年12月13日日曜日

新しいことをはじめよう

はじめまして。こんにちは。

会社員でありながら、事業開発なんて言うチームで、「これまで会社ではやっていない新しいことにチャレンジしよう」ということを仕事にし、楽しく過ごしている、40代のおじさんです。
新しいことにチャレンジ、と言っても、サラリーマンをしていた身にとって、自分でやりたいことをやれと言われるとなかなか難しいんですよね。決められないんです。お金も出してもらえるんだし、やりたいことはあるはずなんですが。。
そんなモヤモヤした時期を過ぎて、今は楽しくチャレンジしています。

もともと、”まちづくり”を仕事としている会社で勤めていますが、まちづくりの仕事、ってなんなんでしょうね(笑)
コミュニティを創ったり、活動を支援したり、活動するための計画を作ったり、活動できたか評価したり。。って結局自分は活動してなかったんだ、って気付いたのはモヤモヤした時間があったから。

新しい事業では、コミュニティの人と一緒に活動しながら、地域の特産品を作ったり、売ったりしはじめています。そう簡単にうまくはいかないのですが、日々、苦労を楽しんでいます。

活動を通じて気付いたことですが、コミュニティって面倒くさいんですよね、だから楽しめるんですが、それに気がつくのに結構かかってしまいました。
家族も一緒かな、大変だけど楽しい。大変を共感するから、その次があるんですよね。
コミュニティの大切さ、なんて言われますが、まずは、その大変、面倒くさいに飛び込まないとコミュニティなんて生まれませんよね。
コミュニティが大切だ!なんて言う人のほうが、それを避けたりするんですよね。
みんなが少しずつ、その大変さに時間とエネルギーを使ってくれるようになると、全国各地でステキなまちが増えていくんだろうなと、そんな時が来るといいなと思いながら、日々の活動に汗を流しております。

最後になりますが、ペンネームのjin.nouenって、5年ほどまえに始めてはじめた市民農園の活動を始めた時に作ったアカウントです。初心を忘れないように、と言うとかっこいいですが、そのまま変更もせずに、ペンネームにさせてもらっただけなんですが。。

まちづくりにご興味のあるかたは、お声かけください。


2015年12月11日金曜日

Ihaveadream!

「夢を、語ってください。」と、言われ、参加しました。
さて、夢ってあったかなーと思いながら、キーボードを叩いてます。
最近は、悪夢で目が覚めることもありますが、齢を経るごとに夢が少なくなってくるのかなとも感じつつ、ちっちゃい想いを語ります。宜しくお願いします。

私、今年で28年続けたサラリーマン生活に別れを告げさせられ?
4月に独立起業しました。これまでの生活リズムから一転し日夜・曜日の境が無くなり、まあまあ、多忙な日々を送っていますが、意外と心地よく感じており、環境が変り、スケジュールが不規則でも、「やってやる!」(何を)の熱い心意気があれば、頑張れるものだと昔を思い返しております。と、言うのもサラリーマン時代の後半戦は、経験に溺れ、世間に流され、根拠のない自信に満ち溢れマンネリ化した仕事をしていた様な感じでした。組織をはなれ、一人で立ってみると経験した事のない苦労は、数多くありますが、けど、自分が動かないと全てが解決しない案件ばかりだとやらざるを得ず、老体を奮い立たせながら、一から取り組む楽しさ、少しの達成感を味わっております。正に、若かりし頃の新鮮な(どんだけ)気持ちを実感してます。
事業を立ち上げ成功させることが、当面の大きな夢です。

「I have a Dream!・・・・」キング牧師の有名なスピーチですが、好きなフレーズの一つです。
志しは、かなり異なりますが、第二の人生、勇気と希望を持って、これからの人生常に新鮮な気持ちでぼちぼち頑張っていきます。
私は、毎日唱えてます アイ ハヴェ ア ドリ〜ム と!

走り続けるそ~!

ham-a

2015年12月7日月曜日

頑張るオトナ女子に、小さな幸せを。

はじめまして。
長野県で自宅ネイルサロンを細々としている真希です。
縁あって、こちらの投稿者に選ばれてしまいました。笑

私は小学生2人のママです。
ネイリストという職業に就いたのは、実は最近のことです。
それまでは平凡な主婦でした。

割と優秀な学生時代を経て、大学へ進学。
数学という、多くの人に嫌われる学問を勉強し、SEとして就職。
結婚を機に仕事を辞め、長野へ引越しました。
毎日が充実している、と言うほどでもなく、
だからと言って、それほど不満があるわけでもなく。
ただただ何となく、それなりな毎日を送ってきました。

そんなある日。
資格を取ろう!とふと思い立ち(笑)、
あれこれ情報を集めている中で、ネイリストという職業に辿り着いたのが始まりです。
ちょっと気になると、あっと言う間に情報収集をして、通信講座を申し込んでいました。

美術が得意だったわけでもなく、美容関係に興味があったわけでもなく。
直感的に、ネイリストの勉強がしてみたいと思ったのです。
そのときは、ネイリストになりたいと言う気持ちはそれほどありませんでした。

勉強していく中で、人の手に実際に施術していくようになり、
いつしか何人ものママ友さんたちにネイルを施していました。
そして、ネイルの楽しさに熱中していきました。

私自身、勉強しようと思うまで、ネイルサロンなんて行かなかったし、
敷居が高いと思っていました。
でも、そんなことないんだと、もっと身近なものなんだと、
もっともっとたくさんの人に、気楽に楽しんでもらいたいと思うようになり、
現在に至ります。

今は、凝ったデザインや、キラキラしたアートと言うよりも、
自分の爪を健康に保ち、手指全体を綺麗にすることに重きを置いて、
お客様個々の悩みを解消してあげられるネイリストになりたいと思っています。

綺麗な指先は、それだけで本当に幸せな気持ちになります!
子育てでイライラしてても、爪を見たら頑張れます!笑
もっともっと勉強して、たくさんの人に小さな幸せを届けたい。
これが私の今の、小さな夢です。


2015年12月3日木曜日

私が世界を救う!!

はじめまして。3人の子どもの母です。
最近は子どもの繋がりで、いろんなママ達と「女子会」が開催されます。
女子会・・・家族の中ではババ会だろ~と言われてますが、女子会ですから!

夏の女子会では手相を見てくれるママがいるお店に行って来ました。
ママ「何を見てほしい?健康運もいいし、仕事運もいいし、金運もいいですよ。
   あと・・離婚もしないみたいだし。」
私 「えー。本当ですか?あ~最後が残念です。」
ママ「ん?なんで?旦那さん、浮気でもしてるの?」
私 「いいえ。でも、ギャブルはしてます。」
ママ「ああ~、ギャンブルは一生治らないわね。でも家にお金入れてるんでしょ。
なら、離婚したらお金に困るから、このままがいいわよ。ほら、取りあえず
離婚はしないみたいだから。このままでね。」
最後は人生相談みたいになっていましたが、結構楽しい未来みたいなので満足♡
でも、私の前に見てもらったママは、何だか泣いてみんなに熱く語ってたな。
そんな話を聞きながら、またまた飲んで盛り上がっちゃうんですよね~。
女子会、楽しい~♪

お母さんが笑顔だと、家族は幸せだと信じてる私。
家族が幸せって事は、家族の一人一人が他人にも優しくなって、世界中のみんなが
幸せになれるって事。つまり・・・母の笑顔は世界を救う!!
私が世界を救うんですっ!!
みなさんも是非、奥様やお母さんを幸せにしてあげて欲しいな~。

ホントに世界を救いますから!

Maki Maki